腐肉を漁る者

 凍った世界には、腐肉を漁る者たちと、白い者たちがいました。腐肉を漁る者たちはそうでない者達よりずっと数が少なく、また、白い者たちは腐肉を漁る者たちを恐れ、憎んでいました。それは、腐肉を漁る者たちが文字通り生き物の死骸を食べて生きているからです。それに元はと言えば腐肉を漁る者という名前も、白い者たちが勝手にそう呼んでいるだけなのです。腐肉を漁る者たちは彼ら自身の名前を持たず、付けようとも思いませんでした。
 腐肉を漁る者たちは、白い者たちを白い奴ら、皮剥ぎなどと呼んでいました。なぜなら、白い者たちは全身に毛を帯びず、白い肌にほかの生き物の毛皮を纏っていたからです。腐肉を漁る者たちは元元温かな毛皮を持っていましたから、ほかの生き物の毛皮は必要ありませんでした。
 白い者たちは、腐肉を漁る者たちを醜い生き物だと思っていました。そして本当は別の肉を食べる生き物の仕業だというのに、腐肉を漁る者たちが、彼らの同族を襲って食べる恐ろしい獣だと思っていました。それは、彼らが腐肉を漁る者たちを恐れ、憎む一番の原因でもありました。
 あるとき、白い者たちの王さまがちょっとした怪我から病を得て、看病の甲斐もなく死んでしまいました。白い者たちは泣いて悲しみましたが、彼らは山に大きく立派な墓をつくり、王さまの死体を埋め、『腐肉を漁る者達が王さまを食べたりしないように』と、きらきら光る穂の付いた槍を持った戦士に、王さまの墓を守らせました。
 しかしその山は、腐肉を漁る者の一家の棲み処でした。一家の父親は大変怒りましたが、白い者たちには言葉が通じないことと、どうせ通じたとしても話など通じないことを知っていましたし、彼らは元元争いごとを好まない種族でしたので、仕方なく我慢して、一家の家を白い者たちの王さまの墓から少し離れたところに移しました。
 もちろん白い者たちはそこが一家の棲み処だとは知らなかったので、恐れもせずに王さまの墓の周りに集まってきました。そこで新しい王さまは、彼の父親、つまり前の王さまの墓を中心に、白い者たちの新しい都をつくろうと言いました。前の王さまは勇気のあるひとで、腐肉を漁る者たちや、自分よりも大きい〈怪物〉を倒したことがあったので、白い者たちにはとても好かれていましたから、彼らは喜んで王さまの墓の周りに住み着きはじめました。
 これには、さすがに争いごとを好まないとは言えど、一家の父親はかんかんに怒りました。けれど幾ら彼の力が強くても、槍を持った戦士が沢山いては、敵うはずもありません。あるいは一度くらい追い払うことが出来るかもしれませんが、それには酷い傷を覚悟しなければなりませんし、白い者たちの戦士は墓を守っている者たちだけではないのです。〈都〉を見てみればあちらこちらにきらきら光る穂先が見えるほどです。これでは、何度追い払っても同じことでしょう。父親は悔しい気持ちを抑えて、家族に山を離れる提案をしました。母親と二人の子どもは、鋭い眼を丸くして驚きましたが、父親の言うことでしたし、何よりそれ以外に道はないのだと分かっていましたから、渋渋旅支度に、狩りをして食べ物を集めはじめました。彼らは何も死骸ばかりを食べて生きているわけではありません。時には狩りをして食べ物を得ます。彼らは狩りがとても上手でしたが、滅多にしません。死骸を食べるのは、その方が無駄に他の生き物を殺さずに済むし、動かない死骸なら楽に手に入れることが出来るからでした。
 吹雪の強い日でした。腐肉を漁る者の父親は、大きい方の子どもを連れて最後の狩りに出かけました。母親と小さい方の子どもは、棲み処の岩屋で二人の帰りを待っています。
 その少し前、白い者たちの〈都〉は大騒ぎになっていました。何者かが王さまの墓を発いて、その死体を持ち去ってしまったのです。白い者たちが必死になって探しました。すると彼らの一人が、骨だけになった王さまの死体を見つけました。そして吹雪の向こうに、走り去る何かの影を見たのです。彼は独りということもあって怯えに怯えて、急いで王さまの砕けた骨を集めると、〈都〉に逃げ帰りました。そして彼の仲間に走り去った影のことを話しました。するとそれを聞いていた新しい王さまは考え深げに顎を触っていましたが、やがて、その影は〈腐肉を漁る者〉で、王さまの死体を盗んで食べたのは〈腐肉を漁る者〉の一族に違いないと言いました。それを聞いて烈火のごとくに怒り出した〈白い者〉たちは、口口に『悪い〈腐肉漁り〉どもを退治しよう』と叫び出しました。そこで王さまは玉座から立ち上がると、厳かに、戦士たちを集めるように命令しました。
 そんなことも知らず、〈腐肉を漁る者〉は狩りに勤しんでいました。元元豊かとは言えないこの山に〈白い者〉たちが住み着いたせいで、今ではすっかり動物たちが減ってしまい、況してや吹雪の中に獲物を探すのは非道く骨の折れる仕事で、それは父親も子どもも同じことでした。
 子どもは父親から少し離れたところで、毛むくじゃらの小さな生き物を見つけ、追いかけはじめました。その生き物は決して大きな獲物ではないのですが、彼らが好んで食べる獲物で、よく跳ね廻るために〈跳ぶ者〉と呼ばれていました。跳ねて逃げ廻るそれを、子どもは夢中になって追いかけました。彼が〈跳ぶ者〉を掴みかけたそのとき、突然雪の中から現れた誰かが、先に獲物を捕まえてしまいました。彼は悔しくなり、『それはぼくのだ』、とその何者かに飛びかかりましたが、その次の瞬間には、彼は雪の上に叩きつけられていました。『そいつは無理だねえ』。何者かが言いました。『もうすぐここには居られなくなるからさ、早いとこ食べ物を集めてしまわなくちゃ』。子どもは起き上がり、声の主を見ました。それは彼の三倍はあろうかという大きな生き物でした。彼は驚き、悔しさも忘れて『おばさんはだれ?』、と訊ねました。『あたしかい』。それは苦笑いしました。『そんなことを訊いたのはあんたが初めてだよ、坊や。あたしはこの山の主さ。あんたたちや、麓の騒がしい奴らの来るずっと前から、ここで眠ってのさ』。子どもは暫く茫然としていましたが、やがて訊ねました。『じゃあ、どうして起きたの?』。山の主は答えました。『山がね、お怒りなのさ』。そういうと、山の主は子どもに〈跳ぶ者〉を放って寄越しました。『やるよ』、山の主は言いました。『それを持って、父さんたちとお逃げ。あたしゃ妙なものを喰って、何だか腹が重くなってきたよ』。山の主は苦笑いのまま吹雪の向こうへ消えてしまいました。
 無事に獲物を取ってきた子どもを見て、父親はほっと胸をなでおろしました。あのすばしっこい〈跳ぶ者〉を捕まえられるのなら、新しい地でもやっていけるだろうと思ったからでした。しかしそれも束の間、父親は子どもの背後に光るものを見て仰天しました。それは〈白い者〉たちの持つ槍の穂先でした。しかもそれは一つではなく、何十本と並んで子どもを追いかけていました。彼は慌てて背負った獲物を投げ出し、子どもの方へ駆け出しましたが、転げ落ちるように斜面を走っても、穂先の群れが子どもに追いつくまでには間に合いませんでした。
 『殺したか』、『まだ息がある』、『もう一匹いたぞ』、『あれも殺せ』。彼らの口から溢れる言葉は、例えその意味が分からずとも、とても恐ろしげに聞こえました。寒さのせいで痛みは和らいでいましたが、けれどその痛みさえも、彼に死の予感を与えるには充分過ぎるほどでした。彼は自分の銀色の毛並みや、周りの雪に落ちた真赤な色を見て、父親が捕まえた獲物を捌いた色を思い出し、自分も食べられてしまうのだろうかと思いました。すると彼の頭の方から聞き慣れた、しかし聞き慣れない叫び声が響きました。吹雪の中を影が飛び交い、厭な余韻を残して槍の穂先が弾かれました。〈白い者〉たちの声が聞こえなくなったかと思うと、彼は担ぎ上げられ、物凄い勢いで斜面を登っていきました。
 子どもを担ぎ上げていたのは、他でもない彼の父親でした。父親は我が子を襲う〈白い者〉たちを粗方叩き伏せると、後は脇目も振らずに岩屋まで駆け上ったのです。戸口へ辿り着くと母親が顔を覗かせたので、慌てて傷ついた子どもと共に中へ入れると、彼は振り返りました。〈白い者〉たちのきらきら光る穂先は、岩屋のすぐ下にまで迫ってきています。彼は〈白い者〉たちが十人かかっても動かせないような岩戸で、入口を塞ぎました。そして再び振り返り、〈白い者〉たちの前に立ちはだかったのです。彼は『俺たちが何をしたというのだ?』と問いましたが、無論それは〈白い者〉たちにとっては咆哮以外の何ものでもありませんでしたし、彼もそれが無駄であることは分かっていたのです。しかし彼はこのような理不尽な目にあっては、問わずにはいられませんでした。彼の子は、今岩屋の中で死にかけているのかもしれないのですから。
 〈白い者〉たちは叫び声に震え上がりましたが、死んだ王さまの仇を思い、勇気を奮い起こして〈腐肉漁り〉に襲いかかっていきました。親の〈腐肉漁り〉の、鋭い歯のずらりと並んだ真赤な口は、まるで炎のように恐ろしげでした。
 そのときでした。天蓋をも揺るがすような凄まじいまでの轟音と共に、彼らをその場に立ってさえいられないような地響きが襲ったのです。〈白い者〉たちの眼に、たった今敵の口に見たような真赤な炎が映りましたが、それは炎ではなく、山頂から噴き出した溶岩でした。雪で純白に埋もれた山肌を、傷口のように開いた亀裂から、鮮血の如く流れ出した溶岩が赤く染め上げます。吹雪と蒸気が混ざり合い、周囲を煙らせました。
 その場は大混乱でした。押し合い圧し合い転げ落ち、突き飛ばし合い踏みつけ合っています。中には大口を開けた亀裂へ足を滑らせて蒸発してしまう者もあり、最早仇討ちのことなどは忘れてしまっていました。それを尻目に、父親は岩屋を塞ぐ大岩に取りつきました。このままでは幾ら頑丈な岩屋とはいえど、中に居る者たちは押し潰されるか、その前に蒸し焼きになってしまうでしょう。彼は岩戸を開け放つと、家族を外へ出し、二人の子どもを担ぐと、妻と共に全速力で怒れる山を駆け下りました。周りには山道に慣れぬ〈白い者〉たちがもたついていましたが、雪の斜面を確実に進むための広さと、頑丈な爪を具えた足を持つ〈腐肉を漁る者〉たちは、蒸気に満ちた山肌を飛ぶように下っていきます。
 後少しで麓、というところでした。父親の足許からきらりと光るものが飛び出し、彼の銀の毛並みを貫きました。彼はぎゃっと短い悲鳴を上げ、雪の上に倒れ込みました。思わず手放した子どもたちが深雪の上を転がり、先を行く母親が振り返ります。雪の中から姿を現したのは、〈白い者〉たちの王さまでした。彼はじっと身を潜め、〈仇討ち〉の機会を狙っていたのです。ですが次の瞬間、空を薙いだ父親の爪が、王さまの頭を五つに縦裂きにしました。駆け寄る母親の腹を、背後から尖った穂先が突き通しました。父親は最後の力を振り絞って槍の持ち主を噛み千切り、妻に折り重なるように突っ伏して息絶えてしまいました。雪の中からは槍を抱えた〈白い者〉の戦士たちが次次と飛び出し、蹲る子どもたちを囲みました。しかし鋭い穂先の全てが二人に向けられ、今にも銀の毛並みを突き通さんとしたとき、傷を負った子どもが小さな弟を庇ってその穂先の全てを自分の身体に受け、槍を撥ね飛ばすなり、爪を出して〈白い者〉たちの咽喉笛を掻き切ったのです。
 彼の銀の毛並みは殆ど朱に染まり、全身の傷口から血が噴き出して湯気を上げています。辺りは銀色と雪の白と、大小の死体が積み重なった上に真紅が被さって混じり合い、何が何だか分からなくなってしまいました。上からは蒸気を従えた真赤な山の舌が迫ってきます。彼は砕けそうになる脚を懸命に雪へ突き立て、物心つかぬ弟を抱き上げると、山肌に突き出した瘤のような高みに連れていき、そこから二度と動きませんでした。
 あっという間に流れ落ちた溶岩が、全てを焼き尽くします。この山に限らず、何処も光景は似たようなもので、吹雪の上は渦を巻いた真っ黒な曇天、そこかしこで噴煙を上げる山山は、自分の身体ごと世界を滅ぼそうとしていたのです。
 幼子は只只泣きじゃくっていました。

 *

 それから幾日が過ぎたことでしょうか。例えどれほどに月が蒼蒼と輝いても、遮る黒雲を貫くことは出来ませんでしたし、いつもより小さくなった太陽は勿論、吹雪を白銀に照らし出すことは叶いません。雲の下は盲ていました。吹雪は豪雨に変わります。真っ黒な噴煙が遮り、降り頻る雨が遮り、蒸気が又遮りました。
 幼な子は眼下に赤赤と流れる火の川で、自分の、爪の硬くなり始めた手を見ました。毛並みは、大人のそれとは違い雪に紛れる純白でしたが、ススですっかり汚れてしまっています。彼は空腹を覚えましたが、火の海に取り残された丘の上は逆光のような暗闇で、まだ夜目の利かない彼には何も見えません。彼は融けた雪を舐めて空腹を紛れさせました。
 それから不変の光景が在りつづけました。只一つ時の流れを感じられることといえば、段々と空腹感が増していくことからのみでした。ある日、彼は一つの匂いを見つけました。恐らく、今までは山の放つ異臭や蒸気に覆い隠されていたのでしょう。それらに慣れはじめた鼻が嗅ぎ当てたのは、食べ物の匂いでした。彼は自分の腹が鳴くのを聞き、それに後押しされるように、這って匂いの方向へ進むと、毛皮に覆われた大きなものに触れました。そして彼は幼い爪と牙を使い、何とか毛皮を切り裂くと、夢中でその肉を食べたのでした。生温かいその肉は、何処か懐かしい匂いがしました。
 やがて天蓋を覆う膜は薄れはじめ、溶岩は冷え、固まりはじめました。彼は眠りから覚め、空を見上げます。朝陽が、漸く地表へ届きました。彼は丘の上から、変わり果てた世界を見ました。一面の焦土はいまだに所所が燻りつづけ、白銀に包まれていたあの光景は、覚えうる限りの彼の記憶の中にのみ在りました。それは既に失われていました。
 黒雲は流れ去り、彼は久しい朝焼けを見て眼を細めました。そして眼を落とします。彼の近くには、ばらばらになった何かの残骸がありました。それは赤黒く染まってはいましたが、美しい銀の毛並みでした。
 流れ落ちた溶岩が固まるまでに、月は一度満ち欠けしました。繰り返し繰り返し叩きつける雨のせいで、それは少し早まったのかもしれません。噴煙は相変わらずたなびいていますが、降りそそぐススは治まりはじめ、彼の身体にかかったそれも、冷たい雨が洗い流してしまいました。淡雪のようだった毛並みは所所が抜け落ちて、両親のような銀色の毛並みが覗いています。
 ふと彼は、丘の上に居るものが自分一人ではないことに気づきました。枯れかけた草むらの中に、〈跳ぶ者〉の姿を捉えたのです。彼は生きた獲物に食欲を覚えました。獲物は恐らく彼の存在に気づいているのでしょうが、この場所では逃げ場などありません。〈跳ぶ者〉は瞬く間に捕まり、呆気ないほどの時間の内に食べ尽くされてしまいました。それは弱り、痩せ細っていたのです。成長の盛りにあった彼の食欲はその程度では満たされません。彼は、今の者と同じように、又彼と同じようにして溶岩を逃れた者がいるのではないかと思い、まだ温みを持った溶岩に降り立つと、山を駆け下りていきました。彼ら特有の雪を駆る広い足は、彼の重さを、溶岩のまだ柔らかい部分を踏み抜かないだけに散らすことも出来たのです。彼は麓へ降り立ち、一面の焦土を歩き出しました。黒い大地の上で、彼の銀色の姿は曇天に覗いた空のようでした。
 確かに彼の考え通り、滅びを免れた者は少なからずいるようでした。彼が進むたびに、半焦げの木立ちや枯れた草むらには何者かが隠れ、逃れました。彼はその一つににじり寄り、飛びかかりましたが、捕まえたその手触りが変に柔らかだったのと、それが見たこともない生き物だったことで、驚いて手を放してしまいました。それは放されると、ごつごつした大地に倒れ、起き上がりましたが逃げようともせずにその場に蹲りました。見ると、その脚は片方の膝から下がありません。切り口が焦土と同じような色をしていたので、溶岩の柔らかい場所を、その二本足で歩くにしては小さ過ぎる足で踏み抜いてしまったのでしょう。その生き物は大体が〈腐肉を漁る者〉と似た形をしていましたが、頭以外、身体や、枝のように長細い手足には被毛がなく、代わりに妙な薄皮のようなものを纏っていました。彼が一番驚いたのは、それの爪も丸く、牙もなく、得物となるものを何一つも具えていないことでした。
 彼は首を傾げ、それの匂いを嗅ぎました。それは母親の匂いを思い出させましたが、違います。けれど厭な匂いではありません。それに今まで口にしたことのあるものの匂いでもありませんでした。何より、それは死んでいるわけでもないのに逃げ出そうとしません。彼が眼にした生き物は、死んだものか、さもなくば暴れ、逃げ出す者であって、そうでない者は皆家族でしたから、彼には判断のしようがありませんでした。しかし彼の家族は、彼が鼻をすり寄せると優しく撫でてくれたので、彼は同じように、その何だか分からない生き物に鼻をすり寄せました。するとそれは不恰好な丸い爪の手を伸ばし、彼の顔を触りました。彼はその、何だか分からない生き物が獲物ではなく、家族に似たものなのだと思って安心しましたが、彼はまだ言葉を知らなかったので、代わりに咽喉を鳴らし、親愛の情を示して涎を舐め取ってやりました。
 それも又、言葉を知らないようでした。彼は暫く見ていましたが、それは片脚が無いので一人で満足に動くことも出来ず、狩りも無論出来ないようでした。今よりもっと幼いとき、両親が食べ物を持ってきてくれたことを思い出した彼は、その生き物のために狩りをして、獲物を分け与えることを思い立ちました。そこで辺りに鼻を向けると、不意に溶岩の鼻を突く匂いに混じって、血の匂いを感じました。それもすぐ近くからです。匂いは生き物の方からもしましたが、足の傷口からのものだろうと思い、もう一つの源を探しました。彼はすぐに、焦土との境に転がった生焼けの肉の塊を見つけました。駆け寄って拾い上げると、それは頭ばかりの大きい生き物の死骸でした。溶岩に焙られたのか、頭の部分は殆どが炭になっており、持ち上げると重い頭は千切れて転がりました、残りを掻き集めて引き返し、生き物に肉片を与えました。余程かつえていたのでしょう。それは鼻を鳴らして肉片を貪りました。貪りつつ、大きな眼から涙さえ流しています。彼は涙を舐めました。
 月がもう一度満ちて欠けるころになると、生き残った動物達も数を減らし、獲物を見つからない日も珍しくなくなりましたが、あの幼子はすっかり成長し、今や両親と見紛うほどの立派な銀の毛並みを持っていました。身体は既に大人のそれと変わりません。その身体を保つために、本当は今の何倍も食べなければならないのですが、僅かな獲物を分かち合うこの暮らしでは、彼の身体は骨と皮ばかりで、あの生き物も無論同じでした。
しかしそれに変化がなかったわけではありません。疎らに残った土には新たに草が芽吹き、それを糧とする生き物、更にそれを糧にする生き物が、微微たる数とはいえ集まりはじめていました。彼が懸命に駆けずり廻ることで、二人は何とか喰い繋いでいけました。
 それは雪に閉ざされて久しく訪れることのなかった季節でした。それは全てが焼き尽くされた後にやってきたのです。今まででは考えられないくらい暖かい陽射しが照るようになると、彼は気分が落ち着かなくなりました。そのときになって、彼はあの生き物が一体何であるのかを理解しました。それは、『家族になるべき』者だったのです。

 それから月が何度満ち欠けしたことか知れません。彼は木切れや骨を集めて小屋を作り、毎日毎日獲物を求めて歩き廻り、〈家族〉と新しい〈家族〉の居る小屋へ食べ物を運びつづけました。力強い木木は固まった溶岩を割り、ごつごつとした地表には土が段段と広がっていきます。
 再び訪れた冬を過ごし、最初の芽が顔を覗かせたころでした。彼が小屋から出ると、焦土の向こうから何か二本足の生き物がやってきました。その姿は彼に似ていましたが、何処か違っていました。彼はそれらが〈家族に似たもの〉かもしれないと思い、ゆっくりと近付いていきました。その生き物たちは、長い手足と小さな牙を持ち、銀の毛皮を纏って、先の光る長い棒を持っていました。彼が咽喉を鳴らすと、その内の一人が前に出て、いきなり棒の先で彼を突きました。彼は自分の銀の毛並みを汚すものが血であることに、暫く経ってから気がつきました。
 その者たちは小屋へ入っていき、何かを抱えて出てきました。最後のそれが小屋を出る前に、小屋の中から叫び声が聞こえ、抱えられたものが、それに合わせるように叫び声を上げました。
 それは長い手足と小さな牙を持った子どもでした。

高校の文芸部部誌第一号に掲載。